テルミン

マトリョミン

http://www.toonippo.co.jp/mailessay/ichinohe/1106.html


(21)У меня есть “Матрёмин”.(ウミニャー ィエースチ マトリョミン.)
わたしは「マトリョミン」を持っています。

◇◆レフ・セルゲーヴィチ・テルミン(以下Л)と竹内正実氏(以下М)との架空対談◆◇

マトリョミン

テルミン
Л これが楽器だって?やれやれ。君だって知っているはずだぞ、これが“マトリョーシカ”(→ハチュー!第20回参照)だってこと。
М ええ。
Л ……君だからあえて説明する必要はないと思うがね。“テルミン”というのは私が1920年に発明した世界最古の電子楽器でね。それぞれ音量と音程をつかさどる垂直・水平2本の銀アンテナから出る電波に、両手を近づけたり遠ざけたりして生じた変化を、木箱のなかに隠された専用の回路が読み取って音に変換して演奏する楽器だと教えたはずではないかね?
М ええ。それをロシアの民芸品“マトリョーシカ”人形に入れてしまったのがこの“マトリョミン”です。あなたが20世紀に音楽と科学を融合させて、およそ既存の楽器の範疇に収まらない独創的なフォルムの、まるで21世紀からやってきたような楽器を作ってみせたように、わたしもさらに音楽と人間を近づける22世紀の楽器を作ってみたのです。
Л ほう、そいつは面白い!ここへ来てさっそく演奏の仕方を教えてくれないか。

アナログラジオのような木箱で出来た“テルミン”の前に立っていたテルミン氏の横へ移動すると、竹内氏はさっと足を組んで椅子に腰掛け、左手に“マトリョミン”を乗せて固定し、右手でまあるいスイッチをひねってチューニングをはじめます。

М いや、まるで生きているようだね。そうやって君が右手を動かしてチューニングしている様子は、まるで指揮者に合わせて“マトリョーシカ”が発声練習しているかのようだ。ハミングしながら、室温やその日の調子を少しずつ調整している可愛らしいロシア人歌手のようだ。
Л 片手を前後させて音程を変えるだけですから、誰にでも音は出せます。“テルミン”の良さをそのまま生かすため、演奏法は同じにしました。


マトリョミン”発明者である
竹内正実氏による“マトリョミン”演奏
空間を指揮するかのように、右手をまろやかに近づけたかと思うと、ひょいと掬ってアクセントをつけ、今度はたっぷり引っ張ってからビブラートをかけて聞かせます。鍵盤や指盤が存在しない楽器ですから、電子音といっても現在のシンセサイザーのように無機質な一定音でなく、演奏者それぞれの体を通過した温もりすら感じさせる繊細な音が、波紋のように心地よくどこまでも空気中を広がっていきます。

それは、聞こえる音というより、包まれる音というほうが正確かもしれません。人間には限界で聞こえる波動のようなものがあるそうで、赤ちゃんが子宮の中で母親のへその緒から感じている波動と、宇宙空間に満ちているという波動は似ていると言われています。古代楽器には、アイヌ民族の「ムックリ」やアボリジニー民族の「ディジュリドゥ」など、メロディーというよりはその波動に似た響きを表現するようなものが多い気がします。子宮から宇宙までの空間を満たしている、そういう聞くことも見ることも出来ない波動のようなものを、左手と右手の間にきゅっと産み出すことができる、そんな音なのです。

非凡な才能を隠しきれない伝説を数多く持つテルミン博士は生前、「わたしは生まれた時の光景を記憶している」と語っていたそうです。もしかしたら生まれた時に感じていた音を“テルミン”に再現したのかもしれません。



Лев Сергеевич Термен(1896−1993)
による“テルミン”演奏
Л 深く曖昧な、なんともいえない良い音色だ!君の“マトリョーシカ”は、なんて魅力的に歌うんだろう!
М “マトリョミン(・・・・・・)”です。心の動きや体調によって刻々と音色が変わるのですから、ロシアの歴史・風土・人に育まれてきた“マトリョーシカ”と“テルミン”が合体した“マトリョミン”の音色の半分は、今の自分で出来ている、といっても過言ではありませんね。
Л ふむ。そういえば、私も愛弟子クララ・ロックモアの18歳のバースデーに特製ケーキをプレゼントした時なんか、ソワソワしてしまって落ち着いた演奏ができなかったような気がするな。近づくと音が鳴る“テルミン”の原理を応用して、近づくと回転してナイフが入れられないケーキをつくってみたのだよ。
М 皆を驚かせるのが大好きだったあなたらしいエピソードですね(笑)。楽器に触ることなく人間の心に触れることが出来る“テルミン”も、さぞかし世界中の聴衆を釘付けにことでしょう。でも、わたしの“マトリョミン”も、その点では負けていませんよ。あなたが1921年に初めて公に“テルミン”を発表したモスクワの工業技術博物館・大講堂で、2004年10月2日、マトリョミン・アンサンブル『マーブル』のコンサートを開くつもりです。



マトリョミン・モスクワコンサートでのテレビ取材

マトリョミン・アンサンブル「マーブル」テレビ出演
テルミン”が日本に初上陸した時、その音色は単なるノイズでしかありませんでした。人間に拠るところが大きい楽器ですから、演奏者なしではどう扱ってよいやら困惑しているうちに、閉ざされた一部の愛好者の占有品になってしまったのです。しかし、そんな時代に、“テルミン”習得のため単身ロシアへ渡り、テルミン氏の血縁で孫弟子にあたるリディア・カヴィナ女史に師事し、直系の奏法を習得した竹内正実氏によって、日本では数年前から“テルミン”の認知度が高まり、今や世界中で一番演奏人口の伸びが高いのだそうです。

Л ブラック・スーツ(ドレス)に身を固めた日本人が、まるで恋人を連れるかのように“マトリョミン”を片手に演奏するのか!!これは見に行かねば。
М えっ……でも、失礼ですが、あなたはすでに……あの、この世には……。
Л ところで竹内君、わたしの姓をご存知かな?
М もちろんです。
Л では、それを逆さまから読んでみると?
М !!!


テルミン氏の姓“Термен(テルミン)”の逆さま、それはロシア語で“не мрёт(不死)”。

天才であるがゆえ、スターリンによる国家規模の粛清時には、国家政治保安委員会によって裏で盗聴器の発明や謀報任務も課されていたテルミン氏は、機密扱いとなって表舞台から葬り去られた晩年、人間の不老不死研究をしていたといわれています。スターリンを筆頭に恐ろしい指導者たちが永遠の命を持たぬよう、あえて公にしなかったというその研究成果はいったいどのようなものだったのでしょうか?

1993年のテルミン氏逝去では埋葬が秘密裏に行われ様々な憶測が飛び交いました。不老不死となり、今もどこかで生きている彼が、“マトリョミン”コンサートを聴きに来る可能性はゼロとはいえないのではないでしょうか?


〜参考〜
テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男」 竹内正実著 (岳陽社)
http://mandarinelectron.com/
マトリョミンの注文はもちろん、演奏も動画で見ることが出来ます!「男らしい演奏」と褒められた?わたしもマトリョミン・オーナーです。

テルミン」 スティーブン・マーティン監督(DVD¥4,700(¥4,935/税込)発売:アスミック)
http://theremin.asmik-ace.co.jp/
♪94年2月のサンダンス・フィルム・フェスティバルで“ベスト・ドキュメンタリー”賞を受賞。無一文になっても撮りたい!と惚れこんだ監督による渾身の一作。HPでは「バーチャル・テルミン」で遊ぶことも出来ます。